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さよなら、サリール ― イタリアデザインの革命を支えた、小さなガラス工房 小瀧千佐子 ごあいさつ

 

1923年創業のS.A.L.I.R.工房は、グラヴィール、サンドプラスト、エナメル彩、エナメル金彩技法に特化したイタリア、ムラーノ島の工房です。

ムラーノガラスは、溶けたガラス種を窯から巻き取り、熱いうちに息を吹き込み成型する、いわゆるホットワーク技法の技術を世界に誇ります。しかしサリールは、北欧から〈グラヴィール技法〉を取り入れ、冷えて固まったガラス器の表面に彫刻を施す、いわゆるコールドワーク製法を極めた、ムラーノ島において唯一無二の工房といえるでしょう。

当時ヨーロッバを中心として起こったアールヌーボー・デコといった新芸術運動の波が、北イタリアの小さなムラーノ島にも及び、いくつかの工房が呼応し参画。時代の波を感じ取った先進的な工房である彼らは、先祖代々続く伝統的な、貴族趣味で装飾過多のガラスデザインを捨て、主任デザイナーとして異分野からアーティストを招聘し斬新な作品を次々と発表したのです。

1930年から70年にかけて起こったそのムーブメントは、閉鎖的であったムラーノ島にて開花し、しかしわずか40年で幻のように消え去った≪ムラーノの芸術運動≫でした。あらゆる要素を、ある意味そぎ落とした革新的な作品たちは、デザイナーと、その要求に応える技術を持ったムラーノのガラスマエストロたちとの見事なコラボレーションで誕生した20世紀の遺産とも言える芸術作品群です。

S.A.L.I.R.工房は、この運動において重要な役割を果たしています。

1927年にグイド・バルサモ・ステラがデザイナーとして参画するや、アールデコ様式のモダンで斬新なタッチでジャズ、スポーツなどをテーマにした作品を発表。それらはムラーノの一流マエストロが成形した、厚さわずか1~2ミリあるかないかの薄いガラス表面にグラヴィール彫刻され、眺めているとジャズの音楽が聞こえてくるような・・・スキーヤーが粉雪を蹴って滑走しているような・・・情景が見えてくるような名品です。1930年にはヴェネチア ピエンナーレに出展し、センセーションを巻き起こしました。

一方、画家であるヴィットリオ・ゼッキンは、サリール工房において、同じく吹きガラスによって薄く形成されたガラス表面に〈エナメル彩色〉で斬新なデザインの模様を施しました。エットレ・ソットサス、ピエロ・フォルナゼッティ、リカルド・リカタなど、錚々たるアーティストが参画し、ガラスの表面に、そして鏡に、自由自在にそれぞれの表現をぶつけたのです。

これまでに類を見ないそれらの作品は、最も優雅で、モダンで、洗練された作品として、ムラーノガラス史に輝かしいページを残しました。

これらの作品はもっともっと世間に高く評価されるべき、芸術作品といえましょう。

 

今回は当時の作品も出展し、その高い芸術性を知っていただくと共に、生活の中で使っていただける花入れ、グラス、器、そして鏡などもご紹介いたします。

およそ100年前にムラーノ島で花開き、島が活気に満ちた時代、そしてもう二度と訪れないかもしれない瞬間に思いをはせ、その時代に誕生した斬新なデザイン様式に触れていただけましたら幸いです。

 

小瀧千佐子

 

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